攻殻ネタを書こうとして、いろんな文献を引っ張り出しているのだが、
「電脳ネット」という概念に多少の違和感を覚え始めている。
私が攻殻機動隊という作品に出会ったころ、
今思えばさまざまな野心的な試みが行われていたが、ITバブルの崩壊を経験しても
ネットワークとそれらを取り巻く環境において「物質性」と「仮想性」は執拗に区別され論じられていた。
ウィリアム・ギブスンが示したサイバースペースとミートスペースに見られるように。
ビット情報が構築する仮想と現実は別々の領域として想像され、消費されていた。
だからこそ有形成という強固な制約から逃れた世界を描き出す攻殻機動隊という作品に惚れ込んだのだ。
ここからは多くの技術的課題を無視した、私個人の“概念”の話をする。
今や「物質性」と「仮想性」の境界は既に消滅しつつある。
いや、既に消滅している。少なくとも私はそう認識している。
ネットワーク化されたインテリジェンスな存在は(あえて存在と表現したい)
自然、人工問わずあらゆる種類の物理的システムに組み込まれている。
例えばあなたが銀行口座から預金を引き出すとき、あなたがネットバンキングの口座を持っていなくても、
本質的には一昔に電子商取引と呼ばれた行為と既になんらかわりは無い。
日常的にサイバースペースでの出来事が物理的空間に影響を及ぼし、その逆もまたしかりなのである。
結局のところ電子商取引とは、紙と鉛筆をサーバーと電気通信に置き換えることではなく、
デジタルネットワークと物理的サプライチェーンを高度に統合することに他ならない。
「仮想性」「バーチャルリアリティ」というメタファーは、攻殻機動隊が登場した時期には
私の認識にとって強力に作用していた概念であった、しかし既に、私にとってその力は失われてしまっている。
ネットワークを流れる情報は、私たちがWEBページにアクセスした時のみアクティブになるのでは無い。
ブラウザ・情報家電・あるいはICカードを通して覗かれるためだけに「仮想性」の中で沈黙などしてなどいない。
あなたの身の回りを見渡して欲しい。
目にも見えず形も無い電磁気的に記号化された情報が、
物理的な場所で起きている物理的な出来事の間に新しい種類の関係性を構築しているはずだ。
ウィリアム・ギブスンがSFで描いた世界より、現実はもっと高度で複雑な「物質性」と「仮想性」の統合が行われている。
つまるところ攻殻機動隊世界が描く電脳ネットとは「物質性」と「仮想性」の区別に埋没した過去の産物であり、
私たちが将来体験するかも知れない未来では無く、私たちが知らずに通過してしまった過去なのだと思う。
例えば士郎正宗が今から近未来を考察したSFを本気で考えるとすると、
攻殻機動隊とはまったく異なる世界観を持った近未来を描く気がする。
もう「電脳」は過去の遺物なのだから。
では、これからの私たちを支配するメタファーはどんなものなのか?
そのひとつとしてシンボリックなものに「拡張現実」という概念がある。
セールストークのような表現をするのならば、拡張現実という概念は
「仮想現実」と「拡張現実」で対比をなすものだ。(正確には正しくない表現だが)
目には見えない電磁気的に記号化された情報を可視化し
私たちとビット情報の関係性をより親密にしてくれるものであるかも知れない。
以上原稿メモ
「拡張現実」に関してたぶんまた続きを書きます。